vol.12 ●You Go Your Way, I Go My Way
 
Fat Tuesday Air Line
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あっぱれハーレム、へっちゃらニューヨーク!!


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 NY滞在の目的のひとつに、ゴスペルを聞く、ワークショップに参加するということがあった。
過去の滞在で、なんどか教会のサンデーミサに行ってみたり、現地の教会で行われる
ワークショップに参加していたのだけど、ほかにひとつ、今回は新たにたずねてみたい場所が
あったのだ。
それが、ARC Gospel Choir。
ケミストリーの3rdシングル「You Go Your Way 」のアカペラVer.にも参加している、注目のクワイアのライブを見ることだった。
とはいえ、私がケミストリーのそのアカペラVer.を実際耳にするのは、彼らのライブを見てから数日後なのだけど、彼らの活躍はうわさに聞いていて、ハーレムに行くならぜひ聞きたいと思っていたのだ。

ARCとは、Addicts Rehabilitation Center(麻薬中毒更正施設)の略。
1958年にジェームス・アレン氏が設立し、ハーレムの128丁目マディソンアベニューに施設をオープン。コカインやアルコール、ヘロインやクラック中毒者が更正をするために無料で治療を受けることができる施設だ。現在では5つの施設を持ち、ドラックだけでなく、HIV患者の治療も実施。ホームレスのための
施設なども建設中だという。黒人同士の間でも貧富の差が激しくなり、身の回りにドラッグがあるという状況からはなかなか抜け切れないハーレムの環境を考えてみても、ハーレムに住む75%がなんらかのカタチでARCとかかわりを持つと言われていることにも納得がいく。

 そんな施設のなかで誕生したARC Gospel Choirは、元麻薬中毒患者のリハビリを目的として作られたクワイアだ。そのメンバーもまた、現在リハビリ中の人や克服した人、そのままスタッフになった人、元中毒患者とその子供など、一度は自分を見失い、ドラッグにすがったり、家族がそうなってしまい地獄を見た人たちで構成されている。

 これを見ずには帰れない!と、ハーレムのマウントモーリア・バプテスト教会へ向かった。
こじんまりとしたシックな味わいのある古い教会の中で、彼らのライブが始まる。
えんじ色のローブを見につけて前に立つ約20名。
力強いボイスパーカッションにのってアカペラで歌われる黒人霊歌は、
普段見聞きするショーアップされたものではない。
荒削りで尖った声が耳に心にまっすぐ刺さる。

そうだろう。
そこに立っているのは、まだドラッグの誘惑に苦しむ人や、やっとそれを克服し、自分に立ち返った人たちなのだ。
楽しくエキサイティングに歌いながらJesusの素晴らしさを伝えるというよりも、
自分を取り戻し、ドラッグに気をとられないようにするための、
集中力を呼び覚ます訓練をしている人たちなのだから。

そして、それでも彼らは、ここで歌うということのなかに生きる希望を見出している。
現に、このクワイアのなかにも克服した人が沢山いて、牧師になった人や大学へ通う人、そのままスタッフになってドラッグの怖さを伝える立場になった人もいる。
私は思った。
ここで行われていることは、ライブとは呼べない。
人生をもう一度やり直したい、やり直さなければもっと悪くなる環境に住んでいる彼らの
「やり直すための決心」を、
ゴスペルというなにかすごい力を持っている手段を使って決意表明しているのだと。
彼らの心にしっかり刻まれた決心を、表現する場に立ち会っている。
それに気づくと、尖ったうねりのあるハーモニーをしっかり受け止めたいと思うのだ。

そして、
歌うこと、ハーモ二ーを作ること、彼らのバックグラウンドである信仰へと立ち返ること。それまですべてを断ち切って生きてきた人々のなかに生きる救いを見いたしたのが、ゴスペルである真実を、見逃すわけにはいかない。

その数日後、ハーレムでツアー会社をされている日本人の方のお宅にランチをおよばれした時、
そこでケミストリーと組んだ彼らの歌声を聴いた。
冷え切った1月のハーレム、食事を終えた昼下がり、
暖かな部屋のなかで、彼らは何度もこう歌っていた。

You go your way ,
I go my way ...

あなたはあなたの道へ、
私は私の道へ・・・

これほどこの言葉を伝えるのにふさわしい人たちはいないだろう。
そして、この歌声は、リアルな現実を見ることも、前に進むこともどこか避けていた私に、知らず知らずのうちに彼らが送ってくれたメッセージかもしれない.と思うと、ちょっとせつなくなった。